尾倉橋梁 トンネル上の家
 
廃線となった高架線路跡に住宅が並んで建っている、そんな写真を見たことがあって気になっていた。北九のどこか、たしか八幡か戸畑で、出かけるつもりがいつの間にか忘れてしまっていた。

たまたま戸畑の友人に電話で話したら、さっそく探し出してくれたので行ってきた。八幡駅から歩いて15分ほどの尾倉一丁目でした。

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尾倉橋梁という名で呼ばれているようで、明治の頃の九州鉄道の橋梁だという。
下から見るとトンネルで、レンガのトンネルの上に住宅がそびえて並んでいる。
足かけ数年の後の対面となって、少々感慨深いものがある。


トンネルを抜けて振返ると、また別の景色が目にとびこんでくる。 右手の壁はいったい何?
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石垣の上に、住宅がぎりぎりに建っている。
レンガの上に石垣が築かれ、その石垣の裾側の、その上からコンクリートブロックを立ち上げ、それを基礎に木造の平屋が建っている。道路境界線ぎりぎりまで張出すため、ブロックを「持ち送り」にしてせり出しているのですが、それがけっこうな迫力で、橋梁以上に面白い。

その上さらに、道の奥が階段になっている。階段を上るともとの線路まで、上がって行くことが出来るのです。

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階段を上りきると、けっこう広い道路でした。
そのむかし、九州鉄道大蔵線が走っていた道です。
道路右手の住宅は平屋ですが、下からは3階建に見えたはずでした。

それにしても、なぜこんな立体交差が出来たのか? と、疑問が湧いてくる。

トンネルで抜ける下の道はもとは多分「谷道」で、谷をまたいで線路を通すため、橋梁が必要になったものと思われます。それがやがて広い道路に変わり、両はしの狭い土地が払下げられ、そして、その土地にいつしか工夫をこらした住宅が立ち並んだ・・・

路線廃止は明治44年、西暦でいうと1911年。ちょうど100年ほどの間のできごとでした。 ■ 13.02.08 GR3
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by bau-2 | 2013-02-08 10:14 | ・objet | Comments(0)
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