福岡城の石垣を考える


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昨日に続いて福岡城の話です。 友人と飲んでいて、ちょっと不思議な話を耳にした。

「小さい頃に遊んだ平尾あたりにほら穴があって、その穴がトンネルになっていて福岡城まで続いている、という噂があった。」というのです。
まさかと一瞬思ったのですが、考えてみると有り得ない話でもない。いざという時のために、抜け穴を用意しておくことはあったに違いない。

次の日酔いもさめて、思い出したら気になってしまった。で、念のためネットで調べてみたところ、「トンネル 福岡城」、では何も出てこなかったけれど、「抜け穴 福岡城」で検索すると、出てきましたね。それも中央区の平尾ではなく南区でした。


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寺塚の穴観音です。

「石窟奥は福岡城まで続く抜け穴であったとも言い伝えられてきた。」
と、少しあいまいな表現ながら、教育委員会のホームページに出ていたのです。
しかし、あまり信じられない気がしたのは直線で結んで3.5キロ、抜け穴にそんな長い地下道を果たして掘るだろうか、そんな疑問が湧いたからでした。

浄水場や平尾霊園のある丘をくぐり、次に植物園の高台や動物園の下を通り抜け、そして桜坂ふくろうの森の地下を掘り進むことになるのです。このあたりの地層は古第三期層の砂岩か頁岩のはずなので、地盤も軟らかいはずはない。ちょっと難しい。と、一旦はその考えを放棄した。

ところが以前、寺塚穴観音を紹介したことがあったのを思い出しました。
このあたりにたくさんあったという古墳の石を、黒田長政が片端から掘り起こし、城の石垣に使ったという話です。福岡城の石垣は、そのせいか幾分つくりが荒く、サイズもそれほど大きくはないのです。

とはいえその石を運ぶのに、いくつかの丘を越えるのが大変ではないかと、その時思ったのでした。それで若久川から那珂川へ向かう水運を想像したのでしたが、ところが、もしも地下道を掘ったなら、当然それは石運搬のための最短ルートになるのです。
念のため友人の話の「平尾5丁目」あたりを地図で確かめてみると、正にぴったり、「穴観音 - 福岡城」を結んだ線の、ちょうど中間に位置するのでした。

地下道をつくり石を台車に積んで運んだとしたら、穴観音の丘から緩やかな傾斜で運びやすくなるだろう。大量の石を簡単に運ぶことができてしまう。つまり、石垣建造のために運搬用の穴を掘り、城が完成した後は、それをそのまま抜け穴として利用することになるのです。ずいぶん合理的な発想で、有り得ない話ではないかもしれません

考えるだけでワクワクしますが、そんなほら穴で、幼い頃よく遊んだという方がもしもいらっしゃったなら、ぜひお話を伺いたいものです。

ちょっと気になる石垣と、とても気になる抜け穴でした。 ■ 10.02.04 GRD3
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by bau-2 | 2010-02-05 11:50 | あれこれ | Comments(0)
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