雨の石垣をもう一度


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前回の続きで、濡れた石垣をもう少し。

石畳も石垣も、ちょっと前まで降っていた雨でしっとり濡れてます。このあたりではまだ傘は必要なかったのでした。

まっすぐ進んでその奥を左に折れると、再び見通しのきかない石垣に行き当たります。こうして何度も折れ曲がるのは、軍事的な目的があったからだと思います。弓や鉄砲を使えなくし、さらに敵兵の侵入も妨げたのでしょう。

こんな所を散歩すると、曲がるたびに新たな視界が開けるから楽しめます。知らない人は、行き止まりかと思って引き返すこともあるかもしれません。



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ここから右へ回り込んで、大きくカーブしてから左方へ向かうのですが、そこでちょっと開けた場所に出ます。考えたのですが、もしもその空き地で待ち伏せされたとしたら、槍で攻められたとしたら、多分、あっという間に、全滅してしまうでしょう。ちょっと恐いところでもあります。

そのまま進むと天主台への登り口。

天主閣が、あった/なかった、で時々論争が起こるし、復元の話もよく出ます。しかしこの地形と、地形を強調することになる石垣が、それだけがきちんと残されていればそれで十分ではないか、と思います。あとは想像力で補えばいい、と割り切るのです。

アテネのパルテノン神殿を、またはローマの円形闘技場コロシアムを、復元しようという話など出てこない、と思うのです。



そして、この天主台登り口をやり過ごし、そのまま進んだところに 前回写真の石段があるのです。ここもまた、敵兵を二人くらいしか通さない仕掛けのようで、たとえば油玉に火をつけて転がすと、大混乱を引き起こしそうです。

そこでカメラを向けた時、いきなりざんざん降り出したのでした。
ちょっと気になる雨の散歩でした。 ■ 09.07.03 GRD2




福岡城の石垣は、その昔寺塚にあった古墳の石を運んで築かれた、といわれています。墓石を城にしたわけですが、そんなことをこちらに書いていました。よろしかったらぜひどうぞ。
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by bau-2 | 2009-07-03 08:45 | ・伝統 | Comments(0)
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